20 授業の形式と内容

この講義ビデオホームページを見て、本授業を履修するかどうかを検討する学生もいるかもしれない。「数式がたくさん出てくる」という第一印象だけで決めつけないでほしい。この授業の形式と内容について、紹介をしたい。

  1. 授業形式について
  2. 授業内容について
  3. 「ほうれん草のおひたし」のような授業を

要点. 「手書き講義動画」のメリット

  1. 複雑な数式や図式を、順序を追って説明してくれること
  2. 分からなかったら途中で止めて、何度も見直せること
  3. 講義をビデオに任せることで、個別の質問に答える余裕をつくれること
  4. 特定の教科書の内容に沿って教えないで、多くの内容を組み合わせて教えられること

1. 授業形式について

この授業では、 (1) 手書き講義動画 (2) 宿題 (3) 合同・個別オフィスアワー を組み合わせて、学生が統計分析についての理解を深められるようにしています。

(1)「手書き講義動画」 … 「手書き」の講義動画をつくり、この講義内容をまず確認してもらうようにしています。もしかしたら「スライド」や「講義ノート」を配布した方がいいのではないか、という声もあるかもしれません。どうして「手書き」を選んだのか、これは僕が学生時代にどう勉強したかという経験がもとになっています。

大学生として僕が初めて線形代数(linear algebra)の授業を履修したとき、概念に慣れていなくて、授業についていくのが必死でした。そのとき、僕が頼っていたものが、授業の教科書を執筆したStrang先生がMIT Open Coursewareという取り組みを通じて公開してくれた、板書式の講義動画でした。対面の講義で「よく分からなかった」と思うと、その夜に図書館で講義ビデオを聞いて勉強をしていました。

  • 複雑な数式や図式を、順序を追って説明してくれること (メリット1)
  • 分からなかったら途中で止めて、何度も見直せること (メリット2)

もっと時間をかけて書いてくれているはずの教科書を読むより、オンラインの講義ビデオを観た方が頭にすっと内容が入ってくる(!)、ということが僕の大学生時代の実感でした。大学院に進学してからも、自分が一番「なるほど!」と思った授業は、黒板に数式を順番に書いていってくれる内容が多かった。

(2)「宿題」 … 数学の内容は「講義を聞くと分かっている」と感じても、実際に問題に取り組むと「どう解いたらよいか分からない」ことが多くあります。問題に取り組んで試行錯誤することで、講義内容が今まで知っていることにどうつながっているのか、有機的に考えられると言えるでしょう。また、締め切りがないと講義動画を確認するリズムが乱れがちになってしまうという声もありました。そこで、ペースメーカーの役割も含め、毎週(ただし、ほかの授業と両立させるため、中間試験・期末試験の週はのぞく)、講義動画の理解を確かめ深めることを目的とした宿題を出しています。宿題は、同級生と議論しながら取り組めるようにしています。試験はありません。

(3) 合同・個別オフィスアワー … 講義内容についての質問に答えるために、授業時間などに合同・個別オフィスアワーを設定しています。普通は「授業時間中に講義を聞き、放課後に宿題に取り組む」ところを、「放課後に講義を聞き、授業時間中に宿題に取り組む」とひっくり返す「反転授業」という形式の試みです。

  • 講義をビデオに任せることで、個別の質問に答える余裕をつくれること (メリット3)

「手書き講義動画」のインスピレーションとなったカーン・アカデミー(https://www.khanacademy.org/) が、講義動画を充実させる意義として、教員の役割の転換と言っています。学生それぞれの発想や経験によって、どこに疑問を持つかも様々なことが多いです。なので、教員にとって個別にコメントをできる余裕をつくれることが、講義動画の大きな意義です。


2. 授業の内容について

この講義では、統計学の入門から、実践的技能までを対象としています。今日の統計学は、従来の「頻度論」的考え方を基礎とした枠組みへの問題意識が共有され、またプログラミングの新しい内容が重要となるなど、一つの教科書では教えることが難しくなっています。学生が復習をしやすいように一つの教科書を選ぶことが通常望ましいとされていますですが、講義動画を用いて、内容を学生のペースで再確認してもらうことができます。

  • 特定の教科書の内容に沿って教えないで、多くの内容を組み合わせて教えられること (メリット4)

学生の中にはデータサイエンスを職業としたい人もいることを踏まえ、通常あまり説明をすることが多くないようについてもエネルギーを割いています。例えば、

  1. 統計学で得られる知見と、より日常的な知識を、どのように連続的に考えたらよいか (講義5、9)
  2. なぜ多くの事象は正規分布で近似されるのか (講義4.3)
  3. なぜ誤差の「二乗」を最小化するのか (講義7.4)

などについて、です。「学生にとって、異なる考え方に触れることが重要だ。」J.ネイマンに代表される「頻度論的」考え方が主流であったカリフォルニア大学バークレー校において、そう考えて、D.ブラックウェルは1950年代から「ベイズ的」考え方に基づく統計学の授業を教えていました(!)  

「試験に出る内容を、無駄なく教える」ことより「広く教養を身につけられるよう、余談などもする」方針で講義内容をつくりました。これから、どこかで実際に統計分析をより詳しく調べなくてはいけないときに、「これどこかで聞いたことがある」という発想・見識の「引き出し」をたくさん備えてほしいからです。


3. ほうれん草のおひたしのような授業を

大学では、多くの講義がオファーされていて、まるで「学生がこれから社会で生きていくための体をつくる」食堂から、料理を選ぶようであります。僕は、この講義が、食堂の「ほうれん草のおひたし」のような存在であったら、と考えています。

(1) ほうれん草のおひたしのように、少し「しぶい」味である … 統計学は、素材として、ケーキのように「甘い」味ではなく、ほうれん草のように「しぶい」味だと考えています。もともと食欲をそそるものではないかもしれません。講義では、ゴマを和え、鰹節をふって、お醤油をかけて、できるだけおいしく食べられるようにしています。それでも、あくまで素材の味を生かした講義を心がけました。

(2) ほうれん草のおひたしのように、多くの「栄養」をぎゅっとまとめている … 生のほうれん草はとても嵩張りますが、おひたしにするとぎゅっとまとまります。講義では、できるだけ多くの文献を参考にし、要点を集約するように心がけました。(ゆでると栄養が少し熱で溶けてしまうと言われることもありますが、鉄・ビタミンの多くはしっかり残るようです。)

(3) ほうれん草のおひたしのように、目立たない「副菜」である … 多くの学生にとって、統計学は、そのものだけではなく、調査研究対象への関心と知識と組み合わさってこそ意義のある理論・技術体系だと考えています。だから、社会経済の課題・現象に目を向け、それら「主菜」と一緒に統計学を学んでいってほしいと思っています。

僕は、ずっと、おばあちゃんのつくってくれる「ほうれん草のおひたし」が苦手でした。小学校のころは、食事の最後まで残して、お箸でひっくり返しつづけ、よく𠮟られていました。家庭料理のおいしさが分かるようになったのは、留学生活を何年もしてからでした。好きではなかったけれど「ほうれん草のおひたし」を食べていたことは、自分の健康のためによかったのだと思います。「ほうれん草のおひたし」を食べればしっかり食べれるように、この授業も着実に取り組めば決してムダになりません。今日、社会経済を理解するために、統計を全く使わないことはないでしょう。数学や統計が苦手であっても、頑張って習得すれば、将来よりバイタリティのある考えを持って社会に参加できるようになると考えています。